| . |
『バッハ・モーツアルト・ベートーベン』とピアノ

ピアノの誕生以前
1.バッハ(1685-1750)とピアノ
大バッハは、ゴットフリート・ジルバーマンの製作したピアノに触れています。
彼はその響きをほめた、というよりは激賞したといってよいが、しかし同時に、高音部が弱すぎるうえに、弾きづらいという指摘をもつけ加えた。
その後、ジルバーマンのピアノは弱点が改良され、“プロイセン王フリードリヒ2世に献呈されたジルバーマンのピアノを、J.S.バッハが、王の御前で演奏した(1747年)”と史実には残ってはいるものの、バッハとピアノとのかかわりは、それほどでもなかったようです。
2.モーツアルト(1756-1791)とピアノ
モーツアルトの幼年時代は、チェンバロとヴァイオリンで育っていました。 少年時代には、シュペート製のピアノに出会っていましたが、この頃はチェンバロのほうを愛用していたようです。 しかし、1777年10月、モーツアルトが21歳のとき、演奏旅行中のアウクスブルクでシュタインのピアノに出会いました。 軽いタッチと軽快な音に特徴のある、ドイツ派のウイーンアクションピアノです。
このピアノの優れた性能に驚いたモーツアルトは、父宛に手紙を書き、ピアノの性能を褒め称えています。 それ以来、モーツアルトの曲は、チェンバロではなく、ピアノの音色をイメージして書かれるようになりました。 モーツアルトの曲は、柔らかい音がコロコロ転がる、軽やかな音が特徴です。これは、当時のウイーンアクションピアノが、「音量が小さく、丸い音で耳に優しく響く」という特徴を持っていたためです。
3.ベートーベン(1770-1827)とピアノ
ベートーベンが生まれた頃から、ピアノはチェンバロに代わり、鍵盤楽器の王者になりつつありました。 しかし、当時のピアノは、登場からわずか数十年。まだまだ発展途上でした。
ベートーベンの時代、ピアノは大幅に進化しました。 ベートーベンは、音をつないでピアノに歌わせる、「レガート奏法」の導入や、「重厚」、「雄大」への挑戦など、当時のピアノでできることを限界まで試しました。そして、ベートーベンのアイデアがピアノの技術者達の更なるレベルアップを促すこととなり、この時代は楽器と曲、双方が大きく動いた時期でした。 ピアノの進化は、ベートーベンの曲にも変化を与えました。 ベートーベンの1番〜20番までのピアノソナタは、ドイツ式のワルターピアノによって書かれていました。 当時所有していたピアノは、鍵盤数が61鍵(5オクターブ)だったため、曲もその音域内に収まっていたのです。
しかし1803年、ベートーベンの元に、フランスのエラール社のピアノが届けられると、ベートーベンの作風は明らかに変化します。 ワルトシュタイン、熱情といった、ダイナミックレンジの曲を次々と書き始めるのです。 このエラール社のピアノは、イギリス式で、重厚な音が出せたため、このような作風の変化が現れたのでしょう。 そして、1817年には、47歳の誕生日プレゼントとしてブロード・ウッドのピアノも受け取りました。このピアノは音域が6オクターブある新型で、ベートーベンはこのピアノで後期のソナタ作品を作曲しました。
なお、ベートーベンは、ピアノ演奏の初期教育についてこんな言葉を残しています。 「まず指使いを十分に考え、正確に指を運ばせること。また、音階の練習は演奏法の基礎なので、音階の練習を十分にやること」 曲に対する合理的な指使いと、ハノン38番に見られるような音階の練習を重視していたようです。
NEXT >> 右枠のメニューをご覧ください
|
. |
|