コロンブスの卵! 守破離……。
歴史に名を残した偉人、千利休の言葉を聞いて、その解説を聞いても、多くの人は、
「その考え方は、なんとなく分かったけど、私はやらないかもしれないなぁ~」
と反応を示すかもしれません。
それはなぜですか? というと、子供の頃から長い期間、「自分で表現を考えてくださいね」と言われ続けてきた人は、その期間が長ければ長いほど、急に反対のことを言われても、「はい、そうですね」とはなかなか方向転換できないものなのです。
ですから、ここはひとつ、「損か、得か?」で考えてみてください。
今までのやり方を、今後もずっと続けるほうが得か? それとも、ちょっと軌道修正したほうが得か?
『コロンブスの卵』 のエピソードをご存知でしょうか?
新大陸を発見したコロンブスは、帰国後、盛大な式典に招かれました。
しかし、その席で、ある出席者から、式典の雰囲気に水を差す、心無い言葉を受けました。
「それはそんなにすごいことですか? 船で西へ行けば、誰でも発見できたのではないですか? 別にアナタでなくても……」
一瞬場が静まり、その場の空気が緊張します。
その時コロンブスは、そばにあった卵を見て、「誰かこの卵をテーブルに立ててくれませんか?」と言いました。
「そんなの簡単だよ!」多くの人が挑戦します。
しかし、挑戦した人は、ことごとく失敗。誰一人立てられた人はいません。
それを見届けたコロンブスは、卵の底を潰して、卵をテーブルの上に立ててみせました。
「ホラ、こうすれば立ちますよ」
当然、周りからは文句が出ます。
「そんなの誰でも出来ることじゃないか!」
それを聞いたコロンブスは、すかさず反論します。
「そうおっしゃるなら、なぜアナタは、先ほど卵を立てられなかったのですか?」
先の例で、コロンブスが最後まで答えを教えなかったらどうでしょう?
正解を知らない出席者達は、何度挑戦しても結局卵を立てることができず、そのまま諦めてしまうでしょう。
自分で、答えを考えるとは、そういうことなのです。
聞けば簡単。考えれば……できない。
先人が成し遂げた後や、答えを知った後では簡単そうに見えることも、誰にも教わらずに自分自身で考え、実行するとなると、大変です。
今まで知らなかった知識、あるいは技術を探求するとき、一番早いのは「模倣」なのです。先に答えを知れば、試行錯誤で悩むことはありませんから。
もうお分かりかと思いますが、演奏表現へのアプローチも、この『コロンブスの卵』と同じです。
音符を見て、自分で一から表現を考えるより、巨匠の演奏を聴き、模倣するほうがはやいのです。
また、今までかなりの時間を割いてきた、表現への「試行錯誤」の時間を、これからは丸々技術練習に移せますから、新しい曲に対する上達速度は目に見えて変わってきます。
孔子も、「学習」に対してこのような言葉を残しています。
智を磨くにはおよそ三つの方法あり
第一は思考にして最高尚なり
第二は模倣にして最容易なり
第三は経験にして最苦痛なり 孔子
◆思考
高尚です。そのうえ、自分の頭で考えただけで、ポンと答えが出てくるということは、別な分野で相当の知識を持ち、ピアノに向けて、その知識を応用できる力を備えている必要があります。
要求される難度が高いので、子供にはとても無理ですし、大人でさえ、これができる人はかなり少数でしょう。
◆模倣
容易です。他の選択は、「思考」にしろ「経験」にしろ、自分で答えを発見しなければいけません。しかし、模倣は違います。目の前に答えが転がっているのです。これ以上、楽なことはありません。
◆経験
苦痛です。自分で表現法を考え、試行錯誤するのは膨大な時間がかかります。しかし、それだけの時間をかけて考え、試したことが、結局は無駄に終わることも数知れず……。
結果が出るのにも時間がかかります。10年、20年、気長に待ちましょう。
思考、模倣、経験……。
これからの自分にとって、どれが一番得ですか?
もちろん、これは趣味で音楽を楽しむ人の例ですから、プロを真剣に目指す方は、また答えも変わってくるかもしれませんが……。
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上手になるために ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ |
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